金で買えないもの
ここのところ猛烈に忙しい。
ちょっとだけ現実逃避に最近思ったことを。
結局、普通二輪の免許は取得できました。
結構簡単。
というわけで、大型二輪免許取得のため教習所に通っている。
しかし、早速、1段階見きわめで判子をもらえず。
私が普通二輪の教習で通っていたとき、判子をもらえなかったり、検定で落ちる奴を見て、なんでできないんだろう?と思ったのは、これだ。
大型二輪なんて余裕という人から見れば、なんで判子もらえないの?ということになるのだろう。
私は、普通二輪は余裕だったが、大型は容易ではなかった。
人によっては、それが普通二輪で体験するかもしれないし、運転ということに関してそういうことがない人もいるだろう。
同じ時間、習っても、できるようになる人と、なかなかできない人の差ってのはあるのだな。
当たり前のことなのだが、改めて補習を食らって思い出す。
ただ、免許センターで受験した原付の免許、合宿で取得した普通車、ついこの間通った普通二輪と、一度もオーバーもしくは不合格になったことがなかったので、ちょっとショックだった。
先日友人と酒を飲んでいたときのこと。
「金で買えないもの」という、お約束な話になる。
そこで友人は
「金で買えるかどうかは、金がないとわからない」
と言う。
なるほど、たしかに、それが買えるかどうかなんて、金がないとわからないことが多い。
特に、金で買えないなんていう話で出てくるものは、たいてい店で売ってはいないものが例に挙がる。
金で買えないと思っていたことも、金で解決できてしまうこともある。
逆に、金がないとき、時間なんて金で買えると思っていたのだが、実はすごい高いものということに気づきだした。
(すごく金がある人から見れば安いのかもしれん)
つまり、言い方が悪くなるけど貧乏人が、愛だの命だのは金で買えないといっても現実味がないって話。
それが現実なのかもしれない。
たしかに、命は金で買えると思っていたけど、意外と買えないんだもなぁ。
と、あっけなく死んじまった親父を思い出す。
ちなみに、その友人は、その少し前に母親を亡くしていた。
私もそうだったが、金を使う余地すらなかった。
夢の中で、自分で自分を殺した。
自殺というのはでなく、登場人物は二人。そして二人とも私だった。
ドクドクと流れる血、頭がガンガンする。
ふと起きると、目覚ましをかけていた携帯電話のバイブレーターが振動し、箪笥に頭を押し付け首が変な方向になっていた。
……ということは、あの夢は一瞬の間に観た(感じた)のだろうか。
夢ってのは、極論すれば疑似体験みたいなものだ。そう考えると、意外と短期間に知識を詰め込むことってのは実現可能な気がしてきた。
もちろん、脳に直接働きかえる機械が必要なのだろうけど。
